とあるケアマネジャーのたわごと🌈

これまでの経験を基にした介護に関する様々な情報、日々の業務を通して感じたことが主な内容です。大変な職業でありますが、長く仕事を続けられる参考に活用して頂ければ幸いです。

医療福祉従事者にお勧めの一冊『小説 朝日茂』を読んだ感想

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右遠俊郎著 1988.12『小説朝日茂』新日本出版社 


こんにちは。

月初めは何かと忙しく、少しの間更新ができませんでした。一日一記事という目標は早くも達成できませんでした。(そもそも、そんなペースでもなかったですが、、、)

さて、ここ最近は通勤時間などを利用し、タイトルにある『小説 朝日茂』を読んでおりました。

朝日茂さんと言えば、重度の結核を患って国立岡山療養所で療養生活を送りながらも、生活保護ひと月600円という生活扶助が、憲法25条に規定する「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という内容に違反していると、厚生大臣を相手に裁判を起こした方です。朝日訴訟と呼ばれるものですね。

朝日訴訟の闘いは、昭和31年に始まりました。つまり、今から63年ほど前のことですが、小説に記されていることは現在の社会福祉にも通ずる内容が多かったように思います。今回は現在社会福祉に関する仕事に携わるひとりとして、感じたことをまとめてみたいと思います。

 

 

自己責任論

生活保護を受給すること、つまり貧困は自己責任であるという考えは、今なお社会に蔓延っているように思えます。以前より生活保護に対する理解が進み、認識は改善してきているとは言え、それは公的な場やメディアでの取り扱いが変わっただけで「ちゃんと働いてこなかったから悪い」といった自己責任を問うような声は日常生活レベルにおいてはよく耳にします。

朝日さんの「一か月に600円の生活費は少なすぎる」という訴えに対して、当時の厚生大臣は「600円でももらえないよりもらえたほうがいいのだから、感謝すべきだ」というようなことを言い放ったそうです。

よく言われる自己責任論や当時の厚生大臣の発言は、その方の背景を見ていません。朝日さんも決して怠惰が原因ではなく、結核という病により病床に伏していたわけです。そして、その背景には幼少期の貧困や家族との別れ、病気の為に志半ばで諦めざるを得なかった夢の存在などといった過去もあるのです。

これは高齢者の介護にも言えること。認知症や寝たきり状態となっても、それぞれの方々に歩んできた人生があり、それを理解すべきだと思います。誰もが幼少期、思春期を過ごし、やがて大人になって夢を追い、時に恋に落ち、成功や失敗、喜びや悲しみを味わった人生を送ってきたはずなのです。

目に見える表面の一部分だけを見て「生活保護だから」「高齢者だから」と、レッテルを貼ることの危険と怖さを感じました。

 

生きる意欲

朝日さんは若い頃から体を動かすことが好きで、じっとしていることが耐えられない方だったそうです。

それは療養所においても同様でした。体調が良くないことを自覚しながらも、療養所の環境改善、自治会の設立や訴訟などに奔走しました。

結核療養の基本は大気、安静、栄養にあるが、朝日さんは活動、つまり生きることに対する積極的意志という目に見えないものを症状の好転に大きく関わると考えたのでした。

これは非常に重要なことだと思います。いくら最新の医療、良いケアを受けたとしても、生きる意欲となり得る目標があり、そこに心が向かうことの大切さを忘れてはいけないと思うのです。先に目標が無いのに、治療やリハビリを頑張る意欲が起きるでしょうか?これは、自分自身の日常に置き換えてみればよく分かると思います。

フルマラソンの大会に出場するという目標があるからこそ、日々のジョギングを継続して頑張れるのです。またある時は、どうしても欲しい物があるからこそ、節約して貯金することができるのです。いずれも目標があるからこそ、日々の意欲に繋がっているのだと思います。

人手不足が課題となっていますが、作業的に目の前のケアだけを行ってしまいがちな現状を改めて見つめ直す必要があるのかも知れません。

 

おわりに

この一冊を読めば、朝日さんの歩んだ人生、そして訴訟に至った経緯、その裁判が「人間裁判」と呼ばれた所以がよく分かると思います。

時は戦前戦後の話ですが、今の時代でも考えさせられることは多くありました。いつの時代も、時に社会は弱者に対して厳しく、延いては現在、福祉関係職種の処遇が良くないことにも繋がっているのではないでしょうか。

私もしっかりと声をあげる勇気を持ちたいと考えさせられる一冊でした。